がんばっている実感が持てないのは、自分への期待値が高すぎるからだろうか

わーいわーい!みおりんです。

先月は心身不調でしんどい1カ月だったと書きましたが、今月は多忙でしんどい半月を過ごしています。

まだ情報解禁になっていない仕事なので詳細を書けないのですが、大きめのタスクの〆切が13日に集中し、その前日の12日にはFP2級の試験があったり、前週に何件か打ち合わせがあったりと結構バタバタでした。

そのうえ9日ごろから婦人系の不調を発症してしまい、立っていることも座っていることも歩くことも難しくなってしまったり。2日で2回も病院に行ったので、医療費もそれなりにかかってしまいました😵

ただ、それでもなんとかYouTubeの投稿はしなくちゃ!という気持ちがあり、FPの勉強をしていた木曜〜当日日曜くらいの勉強タイムラプスをつなげてvlog動画のような感じにしてなんとか公開しました。YouTubeは平日1本、土日1本のペースが定着してきているので、そのペースを守りたいな…というのがあります。

 

そうこう言っているのと前後して、11日には独立1周年を迎えました。ちなみに9月11日はわたしの前職での最終出社日、12日が開業日、30日が正式な退職日、10月1日が完全フリー開始日なのでどの日を独立の日と言っていいのかよくわからないのですが、最終日の11日に会社の方々からいただいた花束を抱えて眠った夜が忘れられなくて、この日を独立の日と思っています。

退職当初、わたしは副業(いまの本業)で会社の仕事ほど稼げているわけではまるでなかったし、数カ月もたない可能性もあると思っていました。「退職後半年間での平均月収が10万円を切るか、貯金が40万円を切ったらおとなしく転職活動をする」と撤退条件も決めていました。

でも、結果的には1年間自分の腕だけで食べていくことができました。退職当初は前職やその他ご縁のある企業のお仕事を副業として掛け持ちすることで収入を安定させていたのですが、約3カ月後には本業一本の収入でじゅうぶん生活ができるようになり、5カ月後には副業の仕事をほぼすべて停止しました。

 

…と、ここまで見たら、なんだかわたしってがんばっているような感じがします。同じことを友だちから報告されたら、「すごいねぇ、がんばってるね!」って心から声をかけると思います。

でもなぜか、わたしにはがんばっているという実感が全然ありません。「1年間よくがんばったね」と自分に言ってあげることができないんです😥

 

わたしは普段フォロワーのみなさんに、「自分を褒めよう!」「できなかったことよりできたことに注目してみよう」とお伝えしています。そしてわたし自身毎日、自分に対して声に出して「がんばってるよ、えらいえらい」と言っています。

それなのに、どうしてもがんばっている実感がもてなくて、もっとできるはずなのになと思ってしまいます。

自分を認めてあげられないのはしんどいし、なんでなんだろうと思いました。でも、よく考えてみたら、わたしはリアルタイムで「いまわたしがんばってるなぁ」と思えたことなどほとんどないのだと気づきました。

あとから振り返れば、「あのときわたしがんばってたなぁ」と思える時期はたくさんあります。受験のときも、大学のときも、新卒で会社に入った頃も、本当によくがんばっていたと思う。終わったいまなら、そう思えます。

でもそのときそのときはやっぱりそんな実感はありませんでした。がんばっているといってもそれなりに休んだりサボったりもしていたし、本当に死に物狂いになったらもっとほかにもできることがあるはずだと思っていたからです。

そう考えると、がんばっている実感がもてないというのは、いまのわたしに特有なことではなくて、わたしにとってはデフォルトの状態なのかなとも思いました。だから気にすることではないんだなって。

 

ただ、この感覚はわりとみんなのあるあるだと思っていたのですが、周りに訊いてみると「自分は全然そんなことない」「むしろたいしてがんばってないのに『自分がんばってるな〜』って思ってしまうことが多い」という人も結構いたので意外でした。

どちらがいいということではなくて、ただわたしがそう思える人たちと違うのは、たぶん「自分に対しての期待値がすごく高い」ということなのかな、と思いました。

わたしは昔から誰かに期待されたりプレッシャーをかけられた記憶がほとんどなく、その代わり自分が自分にいちばん期待してきました。「こんなもんじゃないでしょ」「わたしってもっとすごいでしょ」と思うようにしてきました。

そうするとどうしても、いまの自分に簡単に満足ができず、「いや、でもなんだかんだ毎日何時間も寝そべってだらだらしてるじゃん。その時間もがんばればあれもこれもできるはずじゃん」という感覚になります。一方で、あとから振り返るぶんには都合よく「まあだらだらもしてたけど、あのときの自分にはあれが限界だったよね、よくがんばったよ」と解釈できてしまうので、がんばっていたなと言えてしまうんだと思います。(時効?笑)

自分のがんばりをリアルタイムで認めてあげるには、この自分への期待値を下げないといけないのかな。でも、それをしてしまうといままでできていたようなひと踏ん張りができなくなってしまいそうな気もします。

とりあえず、いまは目の前のことを自分なりにやりきって、時が過ぎるのを待って、数年後に「あのときがんばってたね」と後追いで褒めてあげるしかないのかなとも思います。

 

ほんとうは、いまこのときの自分をいい子いい子してあげたいのだけど。自分を認めるって難しいね😌🌀

 

 

2 件のコメント

  • みおりんさん、こんにちは。初めてコメントさせていただきます。私は高1で、だんだん大学受験が近づいているんだなあと最近やっと感じるようになりました。高校生になってから、進路についての担任の先生との面談や親と大学の話をする機会が増え、私は周りに比べて勉強量が足りないのではないかと焦ることが多くなりました。夏休みの間は宿題をやろうと思って初めてみても何故かボーッとしてしまい、そんな自分に嫌気が差してはまた現実逃避、、、そしてまた自己嫌悪、、、という悪循環に陥っていました。何に悩んでいるのか自分でもわからない。でもなんだか暗い気持ち。友達は「〇〇(私の名前)は充分頑張っているよ。自信持って。」と励ましてくれたのですが、、。親にも担任の先生にも自信を持てと言われました。自信って、どうやったら湧いてくるのでしょうか。グダグダの長文になってしまってすみません。

  • こんにちは!
    頑張ってる実感かー。僕もまだ頑張れると思っているはずだろって思うことはありますね。たぶんそれは現実的じゃないからですけど… でも、実際はその日なりに頑張ってるし、疲れてるから頑張ってるんだろうなーって思う。

    最近の僕は頑張ってると思えないです。バタバタしてるけど。自分のやらなければならないことをやらないから。周りのこと比較したら底辺レベルの世界にいるから。だから常に不安しかないです…

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