幸せのおかえし

この1,2カ月ほどいろいろあり、また誰かや何かを信じる力が減っていき、また一歩おとなになってしまったななどと思いつつ、自分が誰かに対して与えている価値さえ信じられなくなってしまっていた。

…なんて、こう書くとなんだか謎めいた鬱っぽいつぶやきに聞こえてしまうと思うけど、早い話、わたしは周りの人にこんなにしてもらうことばかりで、生活や環境は恵まれていて、なのに誰にもなんにも返せていない、と少し落ち込んでいました。

最近ふと、実家にいた頃の友だちを思い出して。猫だけど。

名前はたろう。母が勝手につけた。

詳しいお話は以前の記事に書いたのだけど、簡単にお話しすると、たろうはわたしの自宅浪人中に突然現れた野良猫で、わたしの実家をはじめ近所のいくつかの家に遊びに行ってはみんなにかわいがられていた。

初めてたろうがうちに来たとき、わたしは宅浪×人生初の大失恋というしんどすぎる状況で、不眠状態に陥っていた。夜は眠れないし、朝は起きられなくて。でも、たろうが毎朝うちに来てはにゃあにゃあ鳴くようになったので、そのうち強制的に起きられるようになった。たろうがいなかったら受験なんてできてなかったかも、と大袈裟でなく思ってるくらい。

たろうはわたしが上京し、さらに1年後に弟も地元を出て実家が両親だけになってからも、引き続き遊びに来てくれていた。といっても毎日というわけではなく、時期によってはまったく姿を現さなくなったり、現れても妙に他人行儀だったり、猫らしくとても気まぐれな感じで。たろうが家に来ると、両親は喜んでよくわたしに写真を送ってくれた。

たろうはわたしのとってもつらい時期を救ってくれた恩人(恩猫?)で、いまも両親の心を癒してくれる存在で、わたしたちはたろうに何度癒されたかわからないけど、わたしはたろうになんにもできてないなぁってふと思って。あの子がせめて幸せに生きてくれること、交通事故や変な病気で死んじゃったりしないことを祈ることしかできないなんて。無力すぎる。

でも、昨夜そんなことを考えていたら、今朝になって両親からこんな写真が届いた。

それを見て、思った。

そっか、わたしたちはたろうに幸せをもらってばかりだと思っていたけど、たろうもまた、きっと少しくらいはわたしたちから幸せを受け取ってくれていたんだね。だって見てよ、この幸福そうな表情。あなた演技でそんな顔してるんじゃないでしょう?

たろうだけじゃない。わたしは毎日周りの人たちに与えてもらうものばかりで、なにも返せていないって不甲斐なくなるけど、もしかしたらほんの少しは、一緒にいることで楽しいとか幸せって感じてくれている人もいるのかな。とか。

お金や贈りもので恩返しすることはいまのわたしには難しいけど、せめて小さな親切や笑顔や気遣いで、少しでもお返ししていきたいなぁ。なんて、たろうの細めすぎて目がなくなっちゃってる顔を見たら思ったよ。



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