がんばっていればきっとごほうびはあるだろうって話

わーいわーい!みおりんです。

ここのところ鬼のように忙しくて、やることをどう書き出して整理してみても、「ん?これ一人でやるんだよな??」ともはや首を傾げてしまいます🤔笑 考えごとブログなんか書いてる場合じゃないんですが、わたしは忙しいときほどブログに気持ちを書き出して少しだけリフレッシュしようとしてしまう、という傾向があります。。

忙しかったり、精神的にしんどかったりするとき、わたしは昔から自分に「おい、そんなもんじゃないだろうみおりんちゃん!」と声をかけるようにしてきました。(念のため言っておくと、厳密にはみおりんではなく本名で鼓舞してますけど。笑)

ときどき、「努力は必ず報われる」というメッセージを見かけたり、逆に「努力は報われるとは限らない」みたいな言葉に出会ったりしますよね。

 

わたしの考えは、「努力がそのまま直接報われるかはわからないけど、がんばっていれば絶対にごほうびはあるだろう」です。

 

たとえば受験勉強をがんばって、必ずしも志望校合格という報われ方をするかはわからない。だけど、がんばったぶん得られるものや受け取れるものは絶対にあります。

わたしは高3のとき、東大を受験しました。自分なりには「がんばった」つもりでした。合格者と比べて足りていなかったのは事実だけど、たしかにわたしは、努力をしていたんです。

でもその年は大差で不合格になりました。だから東大合格という形では、その努力は報われなかった。

 

だけど、このときにした苦労や試行錯誤はいまのわたしの糧になっていて、なんなら一度落ちて宅浪という手段を選んだことで、いまは仕事につながっています。もし現役生のときに努力をしていなかったら、浪人してもきっと受からなかったと思うし、落ちた年の学びを活かしてリベンジするということもできなかったと思います。

それに、不合格にはなったけど、わたしのがんばりは周りの人も見てくれていたから、たとえば両親はわたしの浪人を許してくれたし、浪人時代は家族の時間をたくさん過ごすこともできました。それはわたしにとってごほうびだったと思います。

 

わたしは、神様や仏様はそれほど意地悪じゃないと思っています。いつもわたしたちのことを見てくれていて、がんばりに応じて、ときどきだけどごほうびをくれる。むしろそうじゃなかったら、わたしはがんばれないし、誰のことも励ますことができません。

 

わたしが宅浪時代の東大入試直前、日記に書いていた一節を引用します。

このしんどさを越えたら、必ずごほうびがあるって信じたい。

もし苦しさの先にしかるべき報いが存在しないなら、
わたしはこの先なにを信じて生きていけるんだろう

 

19歳のわたしに、言ってあげたいです。ごほうびはちゃんとあったよ。あなたががんばってくれたおかげで、わたしはいまも幸せです。

 

 

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